在処離れ

やさしく、あったかく生きていきたいです。

他人の苦しみを測ること

 

 

 

こんばんは。

 

今日は、親が遠回しに釘を刺してくるのがしんどい!という話を書きます。笑

 

先日テレビで「中高年のフリーターが増えている」というニュースが流れているのを見ました。

そのテレビの中で、40代のフリーターのおじさんが「仕事がしたくてもできない。本当につらい、死にたい」と語っていました。

 

そのテレビを母と見ていたのですが、母は一言、「そんなのみんなしんどいしょやね。働き盛りの40代が働かないなんて、親も大変だよね」と。

 

その言葉を聞いて私はなんだか胸がぎゅっとなりました。なんか、なんだろう、「私には、働かない未来なんて想定されてないんだなあ」と、思いました。そうやって、多分母は無意識に、「40代になって働かないなんてありえない」と釘を刺します。いつも。

 

働けない理由なんて人それぞれで、そのおじさんがどんな理由で働けないのかは私は知りません。でも、働けない本人が「死にたいほど辛い」と言っているのに、母の言葉は「みんなしんどい」のだから、働かないことは「怠け」だと言っているように聞こえました。他人の「つらい」理由なんて絶対わかりっこないのに、「みんなつらいんだから」と無神経に話す母親のことを、嫌だなあと思いました。

 

「みんなしんどい」はたぶん事実で、正解です。母も、父も、しんどい思いをしながらお金を稼いでくれているのだと思います。

でも、正しいことをいくら口にしても、本人がつらいと言っているのなら、その人にとってその言葉は、冷たく刺さるんじゃないかな。その人にとっての正解じゃ無いんじゃないかなあ。

 

「つらい」という人に対して、「わたしもつらい」という返しは、「あなたの問題はあなたで抱えて」という相手を突き放すメッセージだと思っています。

「わたしはあなたの"つらい"なんて知らないよ。わたしもつらいんだから」って。「あなたはあなたでがんばってよ」って。

「つらい」と言って「わたしもつらい」と言われるくらいなら、「ごめんね、今はちゃんと聞いてあげられそうにない」と言って欲しいです。

 

いや、私も、母にテレビの40代のフリーターのおじさんの心に寄り添え!って思ってるわけじゃないです。笑

 

でも、無神経に「みんなしんどいんだから」と話す母親に、とても冷たくて、胸が詰まるような思いがしたという話で。それは、私に向けて言われた言葉だったような気もして。余計に。

 

 

…ショックだったなあ。もし私が40歳になって、つらくて仕事が出来なくなって、働きたくても働けなくなった時、「みんな頑張ってるんだから!」と言われるんだろうか。

 

 

その話だけじゃなくて、他にも、大学を中退した友達の話をした時に、「勿体ない、親が必死に稼いだお金なのに。親不孝だね」と言ったり。

たしかに、私の4年間の大学の学費は、国立といえどもウチにはポンと出せるような金額じゃなかった。「勿体ない」と言う母の気持ちもわかります。でも、何故か母からその言葉を聞くのは苦しかった。

 

他人がどうして大学を中退したかなんてわかりようがなくて、その背景にどれだけの思いがあるかなんて知りようがなくて、でもきっと、とても苦しくて大きな決断だったはずで、それを忖度しようともしない態度が多分すごく嫌だったんだと思う。

 

例えば、私がいじめにあったとして、どうしても辛くて、大学に行けなくなったら「お金が勿体ないから行け」と言うんだろうか。

辛くて苦しくて、怒られる覚悟で「大学行きたくない」と言っても、「親不孝だ」と言うんだろうか。

 

今書きながら思ったけど、私が嫌なのは、「親が遠回しに釘をさしてくること」じゃなくて、「他人の苦しみまで自分の物差しで測る」ことなのかもしれない。

そして、その態度がわたしへの釘差し(あなたはそうならないようにという牽制)に感じたんだと思います。

 

 

 

でも、もし私が親になったら、子どもにはいい大学を出て、いい会社に入って欲しいとか思うんだろうか。

自分の子供だけは大丈夫だと思うのかな。私も釘刺すようになるのかな。

 

もし私に大切な人が出来たら、その人のことはたくさん信じたいし、たくさん認めたい。ちゃんと逃げ道もあるよ、逃げてもいいよって伝えよう。あなたがあなたであれば私は嬉しいよって。

どんな生き方をしても、ちゃんと受け止めるし、味方だよって伝えたい。